森のおすそわけ – “Osusowake” blessings from forest

南国宮崎の山の中にある諸塚村。
そこには、モザイクともパッチワークとも称される山々があります。

 

木材となる杉やヒノキだけでなく、しいたけの原木となるクヌギやナラに、天然林として山の生き物を助けるシイやカシ。
山の中で暮らしてきた先人たちが、山とともに生きるために愛情を注いできた諸塚の森は、豊かな水や多様な生態系を支え、世界的にその価値を認められるものになりました。

 

そんな森で出来たものを、諸塚を好きでいてくれる人や応援してくれる人に届けられたら嬉しいねと始まったのが、森のおすそわけプロジェクトです。
賛同してくれた諸塚の農家さんたちにご協力をいただきました。

森からいただいた恵みを、おすそわけ

山ばかりの諸塚村では、広い平野で見かけるような大規模な畑や田んぼはほとんどありません。

作るのは、基本的に家族で食べる1年分だけ。豊かな水と澄んだ空気の中、南国宮崎の太陽を受けて育った作物をあちこちにおすそわけしていたら、評判になってちょっと多めに作るようになったり。

「やっぱりあなたの所のはおいしいね」

そう言われると嬉しいし、自分もおいしく食べたいから、きちんと丁寧に育てています。

 

今回は、新・旧主食のお米と雑穀を一緒にお届けします。
同じ森で育った木から作られためんぱもご用意。木の香りもお届けします。
諸塚の動画を見ながら食べれば、離れていても諸塚にいる気分になれるかも!?

 

込められた思い「物語」と共に、
小さな森の暮らしに残された食材をお届けしていきます。
楽しくて美味しい森をめぐる縁が結ばれていきますように。

諸塚とお米と雑穀のお話

諸塚村で米が積極的に作られるようになったのは明治に入ってからと、わりと最近。
それ以前はわずかな田畑しかありませんでした。

“ 米は全部、肥後・延岡方面からの移入であり、普通の村民は口にする事が無かった ” と諸塚村史にあるほど。
お米を食べられるのは、病人か冠婚葬祭・盆正月などの特別な時だけだったそう。

「お米の音を聞けば病気が治る」とお米を振って音を聞かせたりしたというエピソードもあったりして、どれだけ村の人にとってお米が大切だったかが良く分かります。

 

その頃の主食と言えば、麦・アワ・キビそしてトウキビ等の雑穀と芋、豆類。

重労働を粗食で支えるため、1日に6回も食事をしていたんだとか。

平坦地が少なく傾斜面ばかりであったため、村内の山林では焼畑が行われ、雑穀が収穫されていました。

1年目はソバ、2年目はアワ・ヒエ、3年目は大豆・小豆。土の力が落ちると、次の山を開き15~20年置く循環農法の焼畑は、多くの労力を費やす割に収穫は少なく、台風や日照り、虫などで不作になることも多かったようです。

そのため、水田による米作りは農民にとって待望の的。
急峻な山を開墾し、石垣を積んで平らな農耕地を作りさらに水を引いてくることは、どれだけの労力が必要だったのでしょうか。

焼畑の終わりと継がれる種

水田に力が入れられるようになると、焼畑が行われることは珍しくなっていきました。

主食は雑穀から米に変わり、気づけば諸塚村でずっと作られてきた在来の雑穀の種は “アワ・昔とうきび・高キビ・そば” など、4種類程しか残っていない状態に。

その中には、「種を継がなければ」と細々と作りつづけられてきたものも。

消えたと思われていた雑穀にも、また新たな物語が始まっていました。(種を継ぐプロジェクトについて興味がある方は →こちら )

 

今や貴重なものとなった雑穀。

今回は、その中でも特に以前主食として良く食べられていた 「昔とうきび」 と  「麦(もち麦)」 を選んでみました。